セラピー体験談

☆ 茨城県 Aさん 40代の女性から

2010年5月に初めて「セラピー夢」で高橋さんに出会ってから6年が経とうとしています。今の私は、かつての諦めの人生と決別し、生まれ変わったような新鮮な気持ちで毎日を送っています。

セラピー夢に出会えてよかった! 
苦しみもがく私にずっと寄り添ってくださった高橋さんへの感謝を込めて、私の体験談を投稿させていただきます。催眠療法を受けることを迷っておられる方にお読みいただければ幸いです。

諦めの人生から立ち直る道のりは決して楽ではありませんでしたが、高橋さんのセラピーを受けるたびに、無意識の影響を、薄皮を一枚ずつはがすように取り除く作業を重ね、開放感を得て、自分を許し、親を許し、人に対して自分をさらけ出せるようになり、紆余曲折を経ながらも着実に人生は望む方向に変化していきました

「セラピー夢」との出会い

私は専門学校を卒業後、20年間同じ職場に勤めていましたが、仕事の内容や人間関係で悩みが絶えず、しまいには心臓病とうつ病を発症し、生活の不安を抱えたまま42歳の時に、やむを得ず退職しました。
幼い頃から人の気持ちや環境に敏感だったうえに、ぎこちない家族関係に影響されて思春期には拒食症になり、どうにもならない生きにくさで厭世観にとりつかれ、自殺を図ったことも一度ではありません。

退職後は仕事を探す気力も体力もないまま、気持ちばかり焦って辛い毎日を送っていました。
「死のうと思っても死ねないのなら、生きることを考えよう」。ある日、そう腹をくくって、「ならば、生きながら生まれ変わってみよう。肉体は変えられないけれど、心を一新することはできるかもしれない」と、自分の再生を試みることにしました。
その時に思いついたのが「退行療法」でした。

初日のセラピー

最初のセラピーはとても不安で、とても緊張しました。
「こんな自分を受け入れてくれるかしら。話すことが苦手なのに、この思いをどう説明したらいいのかしら。セラピストの高橋さんと合うかしら…」。 人に恐怖心を抱く私が心を開くことができるだろうか、もし期待したものが得られなかったら、さらに落ち込んでしまうかもしれない、そうしたらもう…。こんなことが頭の中をぐるぐるとまわり、セラピーに行く前にかなり疲れてしまったことを思い出します。

当日は、高橋さんのセラピールームで、大きくて体が包み込まれるような椅子に座って、お茶をいただきながら、自然な流れでセラピーは始まりました。
高橋さんは緊張でがちがちになった私を、柔らかくあたたかく包み込むように迎えてくださいました。

先にお送りした私のメールを読んでくださっていた高橋さんは、とつとつとしゃべる私の言葉に、じっと耳を傾けてくださいました。私は話しながら堰を切ったように泣きました。両親の無関心や八つ当たりのような暴力、誰にも話せず溜め込んだ思い。高橋さんの前で初めて、自分が感情にフタをして、我慢に我慢を重ねてきたことに気付きました。

「もう我慢しなくていいのですよ。話したいことがあったら何でも話していいのです。私はどんなことを聴いても驚きません。◯子さんの全てをそのまま受け容れます。」
高橋さんのこの言葉に、私は心から安心して話し、リラックスしてセッションに臨むことができました。

「セッションで見えたもの」

高橋さんのきめ細やかな心配りで、セッションの環境はいつも気持ちよく保たれています。そして不思議なことに、高橋さんのセラピールームに入ると、懐かしい場所に帰ってきたような安心感に包まれるのです。

私は最初のセッションで、アウシュビッツに収容され殺されたユダヤ人だった前世を見ました。当時は“前世”があるという考えを全面的に肯定しておらず、幼少期に遡って記憶を再現できればいいと思っていたので、いきなり前世を見たのには驚きました!

「前世を見る」というのは、私の場合は頭の中に映像が浮んで、その映像の中に「あ、この人物は私だ」を感じる人がいて、その映像が進んでいく…というようなものです。

その展開のいくつかは、“私”と感じる人物の死で終わりました。死の間際までは、苦しかったり、悲しかったり、どちらかと言えばネガティブな感情を持っていましたが、死の直後はとても安らかで穏やかになります。死は悲しいものではなく、次の生への通過点と感じ、肉体から離れた魂は、全てのしがらみから解き放たれ、安らかで自由でした。

前世での死の体験を通し、死は恐れるものではなく、死という人生の終焉を迎えるまでにいかに「生」を全うするかが大切であるという学びを得て、これが私の心の再生の原点となりました。

「セッションでの学び」

死に至った“私”は、生きていた自分を見下ろしながら、終えたばかりの人生に対し感謝し、そしてその人生から、様々な学びを得たことを思い出すのです。

いくつもの過去世を追体験した私の学びは次のようなものでした。

  • 真面目で堅物なお侍だった前世からは、「勉強ばかりでなく遊びも大切にし、やりたいことがあったらやればよい」と。
  • ユダヤ人だった前世からは、「戦争は間違っていると言えば殺された(どちらにしても殺された)けれど、殺されても言えば(思っていることを言葉に出せば)変化をつくりだせた」と。
  • ダンスが好きな黒人の男の子だった前世からは、踊ること(自分が楽しいと感じることを表現すること)で自分と周りを楽しませることができると。
  • スペインに渡った語学が堪能な日本人女性だった前世からは、無理をして楽しくないことを頑張るといい結果にならない、やりたいことをやった時にそれが楽しいって思えるかどうかが大切だと。
  • イギリスで家族と穏やかに暮らしていた女性だった前世からは、「幸せを人の尺度で考えないこと」、「自分が幸せと感じることが幸せだ」と素直に感じることを。


高橋さんのセッションでは、前世の追体験の他に
 * 亡くなった人や音信不通になった人と交信する
 * 実在の人物の中に入り感情を体験する
 * 自分を常に見守り導いている「マスター」という存在と交信する
ことを何度も体験しました。

亡くなった祖父との交信や、母や上司や友人の中に入って感情を体験したことで、
相手に対するネガティブな感情は私が勝手に思い込んでいたもの」で、「相手には相手の都合があって、私とは無関係なところでその人の感情が生み出されていた」と分かりました。
そのおかげで、私は相手に対して持っていたわだかまりから解放され、その後、本当にその相手との関係が改善しました。

「マスター」という存在

「マスター」とは、高次なる存在などと呼ばれ、その人を見守り導く存在のことだと思いますが、高橋さんは「内なる叡智」と表現します。
セラピーを受けるまでは、このような存在に会うことなど予想していませんでしたし、懸命に祈ったのに苦しみから救ってくれなかった神や守護霊という存在を、私は信じていませんでした。でも、私は「マスター」と出会い、多くの素晴らしい学びを得ることとなったのです。

人によってマスターの現れ方は様々なようです。私の場合は常に光の存在として現れ、テレパシーのような交信によって、マスターが語る言葉や想念のようなものを受け取ります。

マスターは現れると、その時に最も必要なメッセージや感覚をくれました。それは言葉であったり映像であったり体に感じる感覚であったり。見えた前世について、何が学びであったかを教えてくれることもありました。

そして時には抽象的な表現を展開して、私の中の恐れや痛みや悲しみを取り去ってくれました。

ある時は、光のような愛が、「いいから…、いいから…」と言われているかのように全てが許され、全身に降り注ぐのを感じたことがあります。言葉にならない満ち足りたひと時でした。

ある日のセッションで、私はマスターに対し毒づきました。
「私が苦しんでいる時に、どうして助けてくれなかったの?
 こんなになるまでどうして分かるようなメッセージをくれなかったの?」
マスターからの答えはこうでした。
「その辛い経験によって、お前は人の苦しみや悲しみを自分のことのように感じられるようになった。それがこれからのお前に必要なことだったのだ。それに、私はいつもお前にメッセージを送っていたが、お前が周囲の人間や世間一般の声のほうに向いていて、私の声を聞くことができなかった」。
一見ネガティブな出来事を通じて得られる学びに気づくこと。 物事は表裏一体であるということを、このマスターの答えから感じました。

そしてマスターは、宇宙空間のようなところに浮かぶ光の玉の中に私を入れました。その中では、ただ浮かんでいること以外に何も必要ありませんでした。やらなければいけないことも、やってほしいことも、心配も不安もなく、とてもフラットな気持ちで全てのものと通じている安心感がありました。その時の感覚に一番近い言葉は「無条件の愛」です。

自分が何かをしなければ愛されない、人の望むように生きなければ愛されない…、条件付きの愛というものに縛られて、私は私のままでいていいという安心感を待てないままずっと生きてきました。マスターの「無条件の愛」を感じてからは、自分の中にある喜びの感覚を認めて生活の中にとり入れられるようになり、毎日が少しずつ明るく前向きになるとともに、私自身も元気を取り戻し始めたのです。

「心身の疲れは自分の中心とつながる感度を鈍らせる=本来進むべき方向からずれてしまう」こともマスターから教えられました。 これも幼少期の刷り込みで私が勝手に抱いていた思いでしたが、「怠けていると思われないようにしなければ」と、眠ることや休むことに罪悪感があったことからも開放され、その後の約一年間は、むさぼるように眠りました(それほど私の心身は疲れ切っていたのだと思います)。この眠りの期間は一切仕事をせず、貯金と退職金で生活していました。さすがに一年も経つと経済的な不安が大きくなりましたが、ちょうどその時に以前の職場から臨時採用の話が来たのは、私の心身の回復期間を確保してくれた大いなる存在の計らいだったのではないかと思うのです。

初回セラピーから5年経って思う事

初めてセラピーを受けた翌年の3月に、元の職場に臨時採用され、その後は正職員に復帰して経済的な不安は解消されましたが、「これが本当に私のやること?」という心の声に逆らえずに3年半で退職しました。 退職するにも大いに迷い、その後の生き方にも不安がありました。その間にもセラピーを受け、マスターとの交信…自分の中の叡智と交信する…ことによって、この先の人生が不安なく守られていることをマスターに呼びかけられました。それを私が信じる・信じないにかかわらず…。

その後、導かれるように本心から希望していた仕事に就き、しかも在宅でできるようになり、今は体調を整えながら更なるステップに向けて励んでいます。
今にして思えば、マスターが予言した通りに、願いは最善の形で実現しておりました。

私が以前のように自分の感覚を疑い、心の声に耳をふさいでいたら、今も苦しい状況の中でもがいていたかもしれません。

心の奥底で感じていることは自分にとっての真実であり、その真実は世間一般の常識とは違うかもしれないけれど、それが自分を輝かせる唯一の真実であることを、私は催眠療法を通じて理解し、そのおかげでいつも落ち着いていられるようになりました
必要なことは必要な時期に必ず与えられると信じられるようになったからです。

何度も死のうと思い、自分のことで精一杯だった私が、生きていることを喜び、生きていることを楽しもうと思うようになり、そしてこれからは人様のために自分ができることをして社会に貢献しようとまで考えられるようになったのは、高橋さんの深い理解に満ちたセラピーのおかげです。心身に無理なく最善の成果が得られるようにと毎回ご配慮くださり、気持ちが揺れてしまった時もいつも支えいただき、本当にありがとうございました。

高橋さんが最初のセラピーでおっしゃった次の言葉を今でもよく思い出し、本当にその通りと感じます。

「セラピーでの気づきは、ワインのように時を経ながらじっくりと熟成されます。今すぐに結果が出ないからといって焦ることはありません。後になって『このことだったのか』と思い当たる時が必ずやってきます。セッションで得た学びを大切にしながら、その時を楽しみに待ちましょう」

催眠療法によって内なる叡智に繋がり、たくさんの方の苦しみが癒され、私のように、生きる喜びに目覚められますよう願ってやみません。